第7回 患者が行く!研究室訪問 ~大阪大学大学院医学系研究科 宮川周士先生~ (後編)

今回は、糖尿病治療用遺伝子改変ブタの開発について大阪大学で研究をされている宮川周士先生にお話をうかがいました。

前編に引き続き、参加者と先生の質疑応答の様子をご紹介します。

宮川先生の研究内容については研究概要書をご覧ください。

なお、本事業は大塚商会ハートフル基金の助成を受けて開催することができました。

目次

宮川先生からのメッセージ

研究室訪問(後編)

宮川研究室訪問の様子3

見学させていただいた実験室での集合写真

質問コーナー


Q:先生の研究のメリットは遺伝子を改変することで拒絶反応を抑えることができるので、生着の日数を伸ばすことができる。そうすれば移植後の結果を良くすることが出来るという認識でよろしいですか?

A:免疫の話を少しだけ。遺伝子改変をすることで免疫反応が起こりにくいブタを作ります。免疫抑制剤もありますが、たくさん飲むのも嫌でしょう。サルに何もしないブタを移植するとどうなるかというと、講演で心臓のグラフトの場合をお見せしましたが、20分〜30分で真っ黒になって廃絶します。

ところが、遺伝子改変分野では比較的初期のブタ、gal抗原をノックアウトし、そして補体(毒)に対する制御因子を発現させ、凝固反応をおこりにくくする因子を同時に発現させたブタです。この三つの遺伝子改変を確実に行ったブタを使うことで、その心臓はサルの腹部で2年半も拍動し続けました。十分臨床に使える結果です。単純に薬(ある抗体薬)が高いので止めたら心臓も止まったようです。つまりは三つの遺伝子改変でもまだ薬に頼っています。従って、できるだけ薬に頼らないようなブタを作ることが目的です。各国が考えることは同じだと思います。

Q:ノックアウトする数も増やしていくということですか?

A:ノックアウトも1個の遺伝子ではなく2個、3個と。入れる分子もたくさん入れられるだけ入れようと、各国で競っています。

 

Q:最終的に抑制剤を飲まなくてもいいようになるのが理想ですか?

A:朝に一錠とか、調子が悪い時に飲むというのが理想ですね。そのくらいまでできればと思います。

 

Q:ノックアウトかつゲルで包もう、という方向ですか?

A:ダイアトランズ大塚、等の企業が、免疫隔離膜を主流として考え、遺伝子改変をおろそかにされていますが、考えられている膜で包んでも免疫反応の対象になります。膵島は生きており、細胞が壊れて中身が出たり、周りに代謝された変性タンパクがたくさん出たりします。これは小さな分子で、膜を通り抜けて外に出てしまいます。ラーメン店の厨房から外へ臭いが漂うみたいに。免疫担当細胞が無視できなく寄ってきます。

また、膵島は膜でカバーされていてもその膜にマクロファージがペタッと付いて、中側に間接的に変な分子を放出したり、突起を伸ばしてやっつけたり、石灰化したりといろいろなことがおこり、半年とか1年とか、寿命が短くなります。これの改変にも世界中の研究者が取り組んでいます。一方、我々の単純な発想は、使うブタ膵島のα-galやHD抗原を制御するため、少なくとも今考えられる糖鎖の遺伝子をノックアウトして抗原性の低い膵島を作り出し、膜などに入れるということです。そうすれば寿命が確実に延びます。

ダイアトランズ大塚、等が取り組んでいるのはブタ膵島の1個ずつをゲルで囲う方法です。この問題点はミクロの免疫隔離膜の穴の大きさです。また、1個の細胞を囲うのに十分な空間が必要で結局移植する物体の全体の体積がかなり大きくなります。また、腹腔に入れるために拒絶されたときに取り出せない欠点もあります。従って、マクロの袋に入れようという研究があります。マクロカプセル法です。異論もありますが、ミクロよりマクロの法がいいのではないか、また腹腔に入れることは避けるというのが私の意見です。

 

Q:外科的に切開しないといけないことが、今後は投薬で可能になりますか? 例えば、インスリン注射をしていますが、飲み薬で対応できるようになることを新聞で見ましたので。

A:少し質問の意味と異なるかもしれませんが、我々のやり方はブタの膵島を移植するので、細胞を体に入れることになります。薬はその後免疫抑制を助けることになります。今は内視鏡手術もかなり発達していますが、やはり移植先は腹腔外を考えております。例えば皮下です。決めた部分の皮下を膨らませて、そこにブタの膵島を移植するという具合です。

 

Q:膵島細胞を体内に入れ、血糖値が下がったらインスリンを出すのをやめ、上がったら出すように、ですか?

A:そうです。膵島の細胞自体が糖のセンサーを持っており、血糖レベルを維持してくれます。必要ならばインスリンを出す装置のようなものです。移植されたブタの膵島が血流とどれだけ距離があるかが問題ですが、体の中側に入れるとタイムラグがあるのは仕方がないことで、マクロの薄い膜ができれば素早く反応すると思います。

 

Q:1ヵ月前、読売新聞に先生方の研究が掲載されました。長嶋先生も「遺伝子操作で無菌ブタを作成したい、来年度くらいには供給もしたい」と答えていましたが、ブタの遺伝子改変に新しくラインを作りますか? それともラインを継続しますか?

A:ブタのレトロウイルスというのは、依然日本では問題視されています。しかし、海外ではあまり問題視されていないのも事実です。A型、B型、C型とあります。A型、B型はどのブタも持っていますが、C型を持っていないブタがいます。C型を持っていないブタは、ゼロではないが、比較的感染力が少ないとされています。我々が作ったα-galとかHDをノックアウトしたブタに、アクティブではないですが、C型が存在しています。いっそC型レトロウイルスのいないブタで作り直そうと考えています。多分、近いうちにPERV-Cのないブタ遺伝子改変ブタを作れると思います。

 

Q:PERV-Cがないブタを作り直す場合、資金の目処はたっていますか? ラインで取り組むとすると、資金はどれほどかかりますか?

A:資金の目処はたっていません。いくらぐらいかかるのか分からないですね。

核移植するまでにということでしょうか…。

基礎研究を続けるだけでも資金がかかります。現在はスタッフも1名、私だけです。数人の研究者を雇っているわけで、勿論何人かいないと研究はできません。大学院の学生に一部はテーマとして与えて手伝ってもらっています。先ほど長い遺伝子をお見せしましたがあれを一つ創るのに私と学生1名が手伝い、3ヵ月とか半年かかります。学生はその間は他に何もできないこともあります。この豚の臨床応用ができたら論文も出るでしょうが、自分の名前がポツンと載るだけです。それでは、何といっていいのか…。学生は自分の研究テーマをやらないといけません。

「基礎研究」として一つの遺伝子を作り機能を検定するだけでも500万円という資金がかかります。仮に出来上がったブタの系統を維持するだけでも年間何百万円とかかります。

さらに、核移植をやると、必ず一回で成功するわけでもありませんし、系統樹立に1000万円くらいはかかると思います。ブタも10頭、50頭いれば、それだけ食事などのケアも必要です。

簡単にいえませんが、基本的に免疫関係のヒトの遺伝子を作り、作ったらその遺伝子をブタ細胞に入れてその分子が機能するかどうか検査して、且つ時には他の国の情報を全部とって比較検討し、また我々の工夫としていくつかの遺伝子を組み合わせたハイブリットを作って行く。さらに、パテント操作などもしなくてはなりません。なかなか簡単にはいきません。

 

Q:これから数年間は基礎DNAとか基礎研究に取り組んで、それを長嶋先生らが使っていく形が望ましいですか?

宮川研究室訪問の様子4

A:基本的にそういうことになります。新しい遺伝子の機能が証明されるまでに時間差があリますので、今研究・開発中の遺伝子を持ったブタを作り上げるのはさらに先になります。しかし一方、今までの遺伝子の知識でもかなりいいブタができると思います。現時点の有効性が確認した遺伝子を並べて改変ブタを作ってみて、実際にサルに植えた実験で確認・見直してもう1回新たに改変ブタを作ってみるということになってしまうと思います。従って、全工程ではあと5年くらいかかります。しかし、2年前に出た3つの遺伝子を弄っただけのブタの心移植データは素晴らしいものだと考えます。このブタで、膵島でも同じような結果が出ると思います。

従って、今考えているのは、研究し終わった手元にある遺伝子群を長くつなげるとか、ハイブリッドにし、α-galやHD抗原をネックアウトしたC型レトロウイルスのいないブタに遺伝子導入することです。これだけでも、かなりいい成績が出ると思います。とにかく、現時点での遺伝子改変ブタを作出することにします。

 

Q:先生の研究での問題は資金面ということですね。ブタの体内でヒトの膵臓を作るという研究では、国の倫理委員会の考え方が一時期問題になっていましたが、そういった問題は?

A:そういったことは一時期は問題になったこともありました。しかし、使う動物としてブタに限定して、遺伝子を改変した情報は公開にしていく、という方向を出したら、それ以降は特に問題にされることもなくなりました。